昭和27年04月1日 高瀬・楯山村組合立高瀬中学校
昭和29年10月1日 山形市立高楯中学校となる
高楯中学校のあゆみ
郷土山形を代表する詩人、真壁仁氏の作詞と福井文彦氏の作曲により、昭和28年に制定された。
福井先生には全校生徒が直接指導を受けました。
福井先生は、「ずいぶん校歌を作曲したが、私として会心の作である」と述べられたといいます。
明朗で詩情にあふれ、高楯の地域を象徴する名校歌です。
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昭和27年10月13日制定
本校の校章は、学区内を縦断している高瀬川の河原に群生する「むしとりなでしこ」を図案化したものです。
夏には赤紫の可憐な花を咲かせますが、暑熱に負けぬ野生の力強さをもった素朴な花です。
五弁の花びらは、「健康・真理・友情・勤労・自主」から
本校のめざす生徒像を表し、二枚の葉は、高瀬・楯山の
「協力」「融和」の願いが込められています。
本校草創期の旧校舎礼法室に掲げられたこの言葉に
「校地を求め、校舎を建設する際、幾多の困難に当たっても屈することなく乗り越えてきた貴重な体験として生徒に教えてくれたもの」と第四代浅井謙校長は述べられています。
また、第六代校長である宗方作治郎先生は、この気風をこよなく愛し、時あたかも高度成長の波に翻弄される生徒たちに、不易の精神を千古に伝えるべくこの言葉を伝えられ、爾来、数十年の時を経ても本校の校是となって生き続けています。
旧校舎